MENU

【体験談】怪しいと思っていた魅力覚醒講座を受けたら、4回転職しても満たされなかった私が、夢中になれる毎日を取り戻した話

友人と大笑いしているさとか
さとかちびキャラ

こんにちは!
好きな時に好きな事をして、たまに大規模イベント運営や講座・鑑定をしているさとかです。

小田桐あさぎさんの魅力覚醒講座を受けて、
在宅勤務で楽な会社員だったのになぜか心が死んでいた私が、
自分の本音をなかったことにするのをやめた体験談を書いていきます

この記事では、

  • 楽しい仕事のはずが、心と体がついていかない
  • 時短勤務で給料減。なんでもっと稼げないんだろう
  • 夫が自由にお金を使うのを見て、嫉妬
  • 在宅勤務の楽な仕事でも、楽しくない
  • 副業しようと講座に入っても、身にならない
  • 自分の本音や悩みを家族にも友達にも話せない

芸能マネージャー、人材紹介、人材広告のフルリモート営業、そして派遣営業。

4回も転職しました。

会社員として、傍から見れば「ちゃんとしてる」はずの生活。

それなのに、なぜかずっと心が死んでいた私

自分に合う仕事は、会社はないかずっと探していたんです。

家庭も仕事もあって、周りから見れば何も問題がない。だから私自身も、「こんなことで苦しいなんて言ってはいけない」と思っていました。

そんな私が小田桐あさぎさんの魅力覚醒講座を受講し、自分の本音に嘘をつくのをやめたことで、親友や仲間ができ、会社を辞め、自由に暮らしている過程を書いていきます。

  • 「ちゃんとしてる」はずなのに、なぜか満たされない
  • 周りの人に本音が言えない
  • 頼るのも、好きって言うのも苦手
  • これから先の人生、このままでいいのかな…

そんな過去の私みたいな人の心が、少しでも楽になればと思って。

長くなりますが、私のストーリーを書いていきますね。

目次

「ちゃんとしているのに苦しい」私のビフォーアフター

まず、講座を受ける前と後で何が変わったのか。ざっくり紹介しますね。

【仕事】

BEFORE

✅ 芸能マネージャー、人材紹介、人材広告のフルリモート営業、派遣営業と4回転職。
✅ 育児のための時短勤務で給料は下がり、「営業じゃなくて事務を」と言われる。
✅ 在宅勤務で楽な仕事を選んだら、仕事がつまらない。
✅ 副業をしたい!と申し込んだ中国輸入スクールに60万円払ったが、本気になれずに終わる。
✅ 「そこそこ幸せ」「自分はこんなもん」と天井を決めていた

AFTER

→自分の心を優先し、休職→退職を決断。会社に行かなくてよくなった
→講座やセッションでお金をいただけるように
→自分版の魅力覚醒講座を開き、講座生ができた
→200人のスタッフを統括するリーダーになった
※パシフィコ横浜で4000人イベントの統括&司会
→やりたい事に夢中になっていると「さとかから教わりたい」と言われる
⭐︎好きな時に、好きな場所で、好きな人と、好きなだけ仕事をする。ゼロイチのビジネスマインドをお伝えする「初恋ビジネス」講座も主催

【家族関係】

BEFORE

✅ 財布が別の夫が自由にお金を使うのを見て、地味に嫉妬。
✅ 「私も稼ぎたいんですけど?」という不満を、心の中に溜め込んでいた。
✅ 友達のように仲良く、ふざけ合う関係
✅だけど 本音や悩みは、夫にも誰にも話せなかった。

AFTER

→私が稼いでも、夫が稼いでも同じと夫の仕事をしっかり応援できるようになった
→夫の仕事の手伝いをしたり、私の事業相談にのってもらうように
→子供達にも気持ちを伝えて、対等な関係になった

【人間関係】

BEFORE

✅ 昔から自分で全部やってしまうタイプ。
✅ 拗ねている自分を、絶対に認められなかった。
✅ 強がって、人に頼るのがずっと怖かった。
✅人見知りはしないので友達は多いが浅く広く

AFTER

→頼ることは迷惑じゃないと知った
→本音でつながる親友ができた
→ダメな自分を曝け出しても絶対に愛してくれている大好きな仲間
→困っても困らなくても相談できる相手が複数人いる
→全国各地に「会いたい」友達がいる
→私を慕って集まってくれる講座生やサロン生がいる

【やりたいこと】

BEFORE

✅ 平日に自分だけ楽しむことに罪悪感があった。
✅ 「欲しい」を我慢するのが当たり前だった。
✅ 「キャラじゃないから」とオシャレを諦めていた。
✅ 苦手な家事も、無理して頑張っていた。

AFTER

→子供を置いて1週間海外旅行
→ちょっとしたランチ会・ちょっとしたパーティが毎月のように!
→ずっと憧れていたミラコスタ(ディズニーシーのホテル)に宿泊
→服もメイクもプロに任せて好きなスタイルを確立
→限定味のからあげくんを食べる為だけに静岡・山梨旅行
→好きなイベントを、自分たちの手で作れるようになった

今でこそ、好きな時に好きなことをして、大好きな人たちとイベントを作ったり、講座や鑑定を届けたりしています。

でも、昔の私が今の私を見たら、

「こういう人は、もともと特別だったんでしょ」
「家族も仕事もあるのに、これ以上望むなんてわがままじゃない?」
「マインド系の講座に高いお金を払うなんて、ちょっと怪しい」

そんなふうに思って、そっとページを閉じていたと思います。

私が受講前に「魅力覚醒講座、怪しくない?」と思っていた理由については、こちらの記事に詳しく書きました。

▶︎ 魅力覚醒講座は怪しい?私が受講前に怪しいと思っていた5つの理由

魅力覚醒講座を受ける前の私にも、夫も子どももいて、友達もいて、仕事もありました。

在宅勤務で、子どもの都合で急に休んでも大丈夫。それなりのお給料ももらえていました。

周りから見たら、何も問題がない生活だったと思います。

でも、本当はずっと苦しかったんです。

もっと夢中になれる仕事がしたい。
もっと稼ぎたい。
もっと人に求められたい。
私だって、自由に好きなことをしたい。

そんな気持ちがあるのに、

「今だって十分幸せでしょ」
「これ以上を望むなんて、わがままじゃない?」
「どうせ私には、続けられるものも特別な才能もない」

そうやって、自分の本音を何度もなかったことにしていました。

その苦しさを悩みとして認めることさえ、当時の私にはできませんでした。

 

もし今、あなたが

  • 「ちゃんとしている」はずなのに、なぜか満たされない
  • 今の生活に大きな不満はないのに、このまま続くと思うと苦しい
  • もっと自由になりたい自分を、わがままだと責めてしまう
  • 講座は気になるけれど、自分ほどの悩みで入っていいのか分からない

そんな気持ちがあるなら、まだ講座に入るかどうかを決めていなくても大丈夫です。

LINE公式に登録してくれた方には、簡単な「魅力タイプ診断」もプレゼントしています。

    \悩んでいる方へ/

    さとかちびキャラ

    昔の私みたいに「不幸じゃないのに苦しい」と感じている人が、

    自分の本音に気づくきっかけになればと思って
    ちょっと長いですが、ここから私の経歴と、

    具体的に人生が変わっていった過程を書いていきます。

    ①「働きやすさ」を追いかけるうちに、夢中になれる自分を見失っていた

    1. 学生時代、音楽に夢中だった私

    高校生になってアルバイトができるようになると、部活かバイトかライブの毎日。
    バイトで稼いだお金は全てライブに行くことに使っていました。

    大学生の時は、年間100回くらいライブハウスに通っていました。
    大好きなバンドのスタッフとして、全国ツアーについていったり、
    好きなバンドを自分で集めてライブイベントをやったり。
    むしろ仕事より仕事してたw

    今思うと、あの頃の熱量はすごかった。
    昔から私は、好きなものを自分だけで楽しむより、誰かに届けるところまでやりたくなる人だったんですよね。

    学生時代から、生の音楽がある場所がずっと好き。2019年 RISING SUN ROCK FESTIVALにて
    学生時代から、生の音楽がある場所がずっと好き。
    2019年 RISING SUN ROCK FESTIVALにて/本人撮影

    2. 念願の芸能マネージャーになれたのに、ある日ぷつんと糸が切れた

    就活の時、進路は芸能プロダクションと決めていたけど、受けた会社は全落ち。
    ハードル高すぎ。

    でも、ご縁があってマネージャーの仕事をさせてもらえることに!
    大学卒業前からインターンとして仕事を始め、そのまま新卒で芸能プロダクションに入社しました。

    憧れの世界に飛び込めて、すごく嬉しかったです。

    担当したのは、当時かなり忙しいタレントさん。
    分刻みのスケジュールで、それはそれは大変でしたが、それ以上に楽しかったんです。

    そんな生活を3年ほど続けました。
    休みはほとんどなくて、深夜まで働くのも当たり前。

    仕事には慣れてきたけれど、ただガムシャラにやっているだけではダメで。

    入れ替わりの激しい世界で、新人でもない、ベテランでもない私は、自分の立ち位置や、自分に何ができるのかを見失っていました。

    大好きな仕事だったのに、いつの間にか心と体がついていかなくなっていました。

    そしてある日、ぷつんと糸が切れて、会社に行けなくなりました。

    「楽しい」「夢中になれる」だけでやっていけるほど、仕事って甘くないんだ。
    そう思ったんです。

    マネージャーの仕事を辞め、次の会社へ入る前のトルコ旅行
    トルコ旅行にて

    マネージャーの仕事を辞め、次の会社に入る前に、トルコへ行きました。

    仕事しかなかった3年間を終えて、久しぶりに立ち止まった時間でした。

    3. 「普通の会社」に転職して知った、自分が失っていたもの

    次に選んだのは、人材紹介の会社でした。

    それまでの会社が特殊すぎたので、
    「休日がある」「みんなプライベートの話をしている」というだけで衝撃を受けました。

    えっ、こんな世界もあったんだ、って。

    毎週きっちり休みがある。しかも会社の人全員が休んでる。

    前職では、お願いして3日ほど休みをもらった時に、お土産を会社に置いたら注意されたんですよね。

    「現場じゃなくてプライベートで行ったお土産なんて置いたら、自慢になるからやめな」って。

    あまりにも常識が違って、びっくりですよね。

    人材紹介という仕事で、たくさんの人の「現在の仕事内容・年収」「仕事への不満」「仕事への希望」を聞いて、世の中にはいろんな仕事があるんだなって改めて感じました。

    人の数だけ、仕事への不満も、望んでいる働き方も違う。
    私はそれまで、世の中にこんなにいろんな仕事や生き方があることを知りませんでした。

    仕事は仕事。でも、それとは別に自分の生活がある。

    休みの日には自分のために時間を使って、会社では仕事以外の話もする。
    仕事の話しかなかった私に、少しずつ「仕事以外の自分」が戻ってきました。

    4. 母になったら、やりたい仕事も収入も諦めなきゃいけない?

    その会社に勤めている間に、学生時代から付き合っていた彼と結婚し、子どもを授かりました。
    産休・育休を経て、「よし、また頑張ろう」と職場に復帰。

    ところが、時短勤務になったことで給料は下がり、さらに「事務をやって」と言われました。

    会社なりに、私のことを考えてくれていたのは分かっていました。

    人材紹介の仕事は、就業時間後や土日に面談が入ることも多く、時短勤務では対応しきれない。
    事務だったら、子どものことで急に帰ることになっても、ほかの人に引き継げる。
    時間外に電話がかかってくることもない。

    だから、何も言えませんでした。

    周りでは、独身の同僚や男性社員が、営業として結果を出していました。

    私が仕事を教えた後輩が、私の担当企業を引き継ぎ、そこで結果を出していました。
    それはもちろん、彼女が頑張って出した結果です。
    分かってる。
    分かってはいるけど、羨ましかった。
    そして、悔しかった。

    私だって、営業がしたい。
    私だって、もっとできるのに。

    でも、今の仕事は全然楽しくない。

    子どもができたら、やりたい仕事も、稼ぐことも諦めなきゃいけないの?

    子育てもしたい。
    でも、仕事だって諦めたくない。

    そう思って、私はまた新しい働き方を探し始めました。

    5. フルリモートで手に入れた「最強の生活」なのに

    このまま、やりたくない仕事を続けていたら、私がしんどくなる。
    そう思って、フルリモートで、時短でも成果を出せば給料が上がる営業の仕事に転職しました。

    別の担当者が取ってくれたアポイントに電話をかけ、契約まで担当する仕事です。
    もともとお客様との信頼関係を作るのが得意だったこともあり、短い時間でも成果を出せました。

    通勤せずに働ける。
    時短でも、成果を出せば給料が上がる。
    そして、やりたかった営業ができる。

    子育てをしながら働く私にとって、「最強の生活」を手に入れたような感覚でした。

    「私、このままですごいじゃん」
    そう思えた時期でした。

    だけど、会社が急成長するにつれて、ルールが変わりました。

    管理が厳しくなり、時短勤務の分だけ給料も引かれるようになりました。
    それまでは「どれだけ成果を出したか」で評価されていたのに、「何時間働いたか」も重視されるようになりました。

    「実力主義」だったはずなのに、ある意味「普通の会社」になってしまった。
    成果を出しても、時短勤務では評価されない。
    やっぱり、子育てをしながら、やりたい仕事で稼ぐなんて無理なのかな。
    そんなふうに思うようになりました。

    考え中のちびキャラ
    「実力主義」だったはずなのに、いつの間にか「時間評価」になっちゃった……

    6. 小一の壁。「仕事を辞める」以外の選択肢が見えなかった

    追い打ちをかけたのが、子どもの「小一の壁」でした。
    小学校に行きたがらなくて、10分の道のりを1時間かけて一緒に歩いた日もありました。

    学童保育が嫌だったようで、

    「学校が終わったらお迎えに来て」
    と泣かれました。

    教室まで連れていっても、階段まで追いかけてきたことも。

    その頃、会社はフルリモートから出社前提へ変わっていました。
    子どもを学校へ送り届けてから会社へ向かうので、毎日のように遅刻。
    成果も出さなければいけない。
    会社にいる時間も確保しなければいけない。
    でも、子どもは私を待っている。

    夏休みに毎日学童へ行かせるのは無理だと思い、会社を辞めることにしました。

    今振り返ると、子どものことも仕事のことも、自分がなんとかするしかないと思い込んでいたんだと思います。
    会社を辞める以外の方法を考える余裕は、もう残っていませんでした。

    7. 自由にお金を使う夫を見て「私も稼ぎたいんですけど?」

    仕事を辞めると、当然ですが、私のお財布は寂しくなります。

    うちは夫婦で財布が別だったので、支払いのたびにヒヤヒヤするようになりました。

    もちろん、夫婦なんだから、夫に払ってもらえばいい。

    でも、「自分の支払いは自分で」と思い込んでいた私は、夫に頼ることができませんでした。

    今まで自分で払えていたのに、払えなくなったことが悔しいという気持ちもあって。

    プライドが高いんですよね。

    そんな中、夫が自分のお金を、好きなことに自由に使っているのを見て。

    びっくりのちびキャラ
    え、私も稼ぎたいんですけど?

    心の中で、そんな声がずっと響いていました。

    8. 子育ても仕事も落ち着いた頃、コロナですべてが変わった

    私が次に選んだのは、在宅勤務ができて、子どものことで急に休んでも大丈夫。
    そして、それなりに稼げる派遣営業の仕事でした。

    子育てをしながら働けること。
    時間の融通が利くこと。

    それが、仕事を選ぶうえでの最優先でした。

    バリバリの営業というわけではなく、比較的ゆるく働ける。
    子どもも学校に慣れて、少しずつ安心できるようになってきました。

    そんな頃、コロナの緊急事態宣言が出ました。

    同時に、子どもの学校も休校になりました。

    夫は奥の部屋にこもって仕事。
    私は子どもの世話をしながら仕事。

    夫も協力してくれました。
    でも、子どもはどうしても「ママ、ママ」と私のところへ来る。

    「私だって打ち合わせがあるの」
    「私だって仕事をしているの」

    そう言いたかったけれど、またここでも夫に本音を言えませんでした。

    コロナの影響で、仕事の案件も減っていきました。

    どうしたら案件が増えるんだろう。
    どうしたら人材が増えるんだろう。

    子育てと両立しながら、無理なく続けられると思って選んだ仕事でした。

    でも気づけば、家庭でも仕事でも追い込まれていました。

    コロナ禍、子どもたちとお家キャンプ
    コロナ禍、子どもたちとお家キャンプ

    9. 60万円払った副業。商品が売れても、全然嬉しくなかった

    休校が明けて仕事が落ち着くと、暇な時間にYouTubeを見ることが増えました。

    そこで目に入るのは、お金や副業の話ばかり。

    「お金の知識をつけなきゃ!」
    「自分で稼ぐために動かなきゃ!」
    「会社員だけではダメだ!」

    当時勤めていたのは小さな会社で、いつまでもここにいられるわけじゃない、という不安もありました。

    「何か副業しなきゃ」

    焦った私は、中国物販のスクールに申し込みました。

    金額は、60万円。

    安くない金額を払ったのに、なぜか全然本気になれませんでした。

    それもそのはず。

    私は買い物が好きなわけでもない。
    物販に興味があるわけでもない。

    それなのに、「誰でもできる」「やればできる」という言葉だけで、好きでも得意でもないことに、時間とお金を思い切り注ぎ込んでいました。

    Amazonのアカウントも作ったし、実際に商品も出しました。

    だけど、商品が売れても全然嬉しくない。

    商品を売るのは、私じゃなくてもいい。
    誰でもいい。

    ただ仕組みの中で商品を売っているだけで、そこに「私がやる意味」を感じられませんでした。

    結局、ちゃんと形にならないまま終わってしまいました。

    10. 「これ以上、何を望むの?」それでも欲望は消えなかった

    大好きな家族がいて、安定した仕事もある。
    生活に困っているわけでもない。

    休みの日には家族でキャンプへ行ったり、推し活をしたり。
    必死になってお出かけの予定を入れていました。

    もっと楽しく過ごしたいと思っているのに、予定を詰め込むほど、なぜか余計に疲れていました。

    その頃、夫は本業でも副業でも成果を出し、副業で全国を好きなように飛び回っていました。

    私は、そんな夫を見てずっとモヤモヤしていました。

    「私だって、もっと楽しいことがしたい」
    「もっと人に求められたい」
    「自分を活かして、夢中になれる仕事がしたい」

    何もしていなかったわけではありません。

    中国物販だけでなく、ブログ、Instagram、音声配信。
    いろいろ挑戦してみたけれど、どれも三日坊主。

    「でも私には、継続力もない」
    「営業以外に、これといったスキルもない」
    「お金のことも、よく分からない」

    そんな私が、副業で何かを得るなんて無理なんじゃないか。

    本業を頑張ろうとしても、なぜかやる気が出ない。

    「つまらなくても、今の会社で安定した生活を守るしかない」
    「所詮、私はこの程度の人間なんだ」

    そうやって自分を諦めようとする一方で、心の奥からは別の声が出てきました。

    もっと楽しいことがしたい。
    もっと人に求められたい。
    好きな時に、好きな場所へ行ける自由が欲しい。
    欲しいものを我慢せずに買えるお金も欲しい。

    もっと、いい思いがしたい!

    でも、すぐに自分で打ち消すんです。

    「大好きな家族も、安定した仕事もある。これ以上、何を望むの?」
    「足るを知るって、こういうことじゃないの?」

    でも、そんなの嫌。

    「もっと欲しい」
    「でも、私には無理」
    「所詮、私はこの程度」
    「これじゃ嫌だ」

    このループを、飽きることなくずっと繰り返していました。

    最後は、「引き寄せの法則で何とかならないかな」と、YouTubeで動画を見漁っていました。

    願っているだけで叶うほど、そんなに簡単じゃない。
    そう思いながらも、今の自分を変える方法を探し続けていました。

    ②「不幸じゃないのに苦しい」から逃げるのをやめた

    11. 楽しそうな友達が羨ましくて、「ねぇねぇ、最近どうなの?」と聞いた

    私が魅力覚醒講座を知ったきっかけは、SNSではありませんでした。

    一歩先にアサギストになっていた友達です。

    その友達が、なんだかすごく楽しそうだったんですよね。

    何が変わったのかは、まだよく分からない。

    でも、以前より楽しそうにしていることだけは伝わってきました。

    私は、羨ましかった。

    今振り返ると、きっと置いていかれるのが嫌だったんですよね。

    友達は楽しそうなのに、私は毎日家で仕事をして、夜は子どもの世話。

    楽でいい仕事をして、満足しているはずなのに、なぜか満たされない。

    私に足りないのは、楽しさなんだ。

    何がそんなに楽しいのか知りたくて、友達に声をかけました。

    「ねぇねぇ、最近どうなの?」

    12. 派手でキツそう。苦手なタイプなのに、なぜか気になった

    友達は、その少し前に突然、韓国へ行っていたんです!

    もともとフッ軽な友達ではあったけれど、家庭をすごく大切にする人。

    近場へ出かけることはあっても、ふらっと海外へ行くような子ではありませんでした。

    それなのに、あさぎさんに会えるという理由で、韓国まで行ったみたいで。

    そのストーリーズを見て、

    「なんか、すごいな……」

    と思ったんです。

    あさぎさんのことは、以前YouTubeで見たことがありました。

    派手で、キツそう。

    正直、私が苦手なタイプでした。

    「欲望を全部叶える」とか言っていて、

    そんなこと、本当にできるの?

    と、かなり疑っていました。

    あさぎさんが好きだったわけではありません。

    あさぎさんみたいになりたいと思ったわけでもない。

    それでも、なぜか気になっていたんです。

    私に足りないのは、楽しさだと思っていたから。

    あさぎさんの周りには、私に足りない「楽しさ」があるように見えました。

    ちょうどその頃、発売直後に7万部を突破した『女子とお金のリアル』の出版記念講演会が、東京で開催されることになりました。

    友達から、

    「チケットを無料で譲れるよ」

    と言ってもらいました。

    でも私は、怖くて断りました。

    女子とお金のリアル出版記念東京講演会の会場写真
    『女子とお金のリアル』出版記念東京講演会。
    無料チケットを譲ってもらえると言われたのに、私は怖くて断りました。

    その日は夫が家にいないから。

    私が子どもの世話をしなければいけないから。

    友達は、あさぎさんに会うために韓国まで行った。

    でも私は、東京の講演会さえ怖くて行けなかった。

    この時の私は、夫がいない日に、自分のために出かけるなんてできないと思っていました。

    13. 夫にも子どもにも隠れて、3daysライブを見始めた

    しばらくして友達から、

    「欲望を全て叶える方法」という3daysの無料セミナー

    があることを教えてもらいました。

    2023年9月に開催された欲望を全て叶える方法3日間セミナーの告知画像
    2023年9月、私がこっそり見始めた3日間セミナー。

    欲望を全部叶える?

    いやいや、そんなわけないでしょ。

    やっぱり怪しい。

    そう思いながらも、気になって見始めました。

    セミナーのキャンペーンで、本を無料でもらえる企画もありました。

    でも、住所を知られるのが怖くて、それすら申し込めませんでした。

    無料で本をもらうだけなのに。

    夫にも子どもにも見つからないように、こそこそスマホでセミナーを見ていました。

    自分が興味を持っていることを、家族に知られるのが怖かったんです。

    怪しいと思っている。

    できれば関わりたくない。

    それなのに、画面を閉じることもできませんでした。

    14. 昼休憩、ガストで見た最終日。「ここにいたくない」と思った

    1日目と2日目は、家族にバレないように、こそこそ見ることができました。

    でも、3日目は出社が必要な日でした。

    普段は在宅勤務なのに、その日に限って。

    私は12時になると、急いで会社近くのガストへ行き、スマホでセミナーを見ました。

    アサギストになったら、私はどうなるんだろう。

    どんな未来が待っているんだろう。

    後ろを人が通るたびに、画面を見られないかとそわそわする。

    ガストにいるのに、私だけ異世界に入り込んだような気持ちでした。

    そんないい話はない。

    きっと詐欺だ。

    そう疑いながらも、画面の中のあさぎさんから目が離せなかったんです。

    気づけば13時を過ぎていて、講座の詳しい内容を聞けないまま、会社へ戻りました。

    会社に戻ると、自分だけがすごく浮いているように感じました。

    そして、会社の嫌なところや、もう我慢できないところが、はっきり見えてきました。

    私がいたい場所は、ここじゃない。

    なんで私は、この環境を選んでいるんだろう?

    15. 「帰ったら絶対に入らない気がする」家に帰れなかった夜

    その日、仕事が終わっても、まっすぐ家に帰る気になれませんでした。

    出社の日は、夫の両親が子どもの世話をしてくれていたので、いつもなら仕事が終わると急いで帰っていました。

    でも、その日は夫に早く帰る役目をお願いして、気になっていたポップアップショップへ行くことにしました。

    お店へ向かいながら、イヤホンで昼のセミナーの続きを聞きました。

    自分がやりたいことを、やってみよう。

    いつもの私なら、

    「必要ないから」

    と買わなかったはずのアクリルスタンドも買いました。

    たったそれだけのことなのに、すごくワクワクしました。

    仕事帰りに立ち寄ったワンピース実写版のポップアップショップ
    仕事帰りに立ち寄った、ワンピース実写版のポップアップショップ。

    そのあとも渋谷の街を歩きながら、あさぎさんやアサギストたちのインタビュー動画を、次々と見ていました。

    心のどこかでは、もう分かっていました。

    ああ、私、入りたいんだろうな。

    でも、そのすぐ横で、

    「大金を払ってどうするの?」

    「今だって幸せじゃん、別に……」

    と、私を引き止める声がぐるぐるしていました。

    その葛藤がしんどくて、家へ帰る電車には乗ったものの、最寄り駅に着いても、そのまま家には帰れませんでした。

    駅前のPRONTOで、コーヒーを片手にまた動画を見ながら、講座を教えてくれた友達にMessengerで連絡しました。

    「帰ったら絶対に講座入らない気がして、悩んでる笑」

    魅力覚醒講座へ申し込む前に友達へ相談したMessengerのやり取り
    講座へ申し込む前、実際に友達へ送ったMessenger。

    今振り返ると、もう「入りたい」って言っているようなものですよね。

    でも、あの時は本気で悩んでいました。

    16. 「騙されていても、入らなかったら後悔する」帰り道で決済した

    21時から始まったQ&Aライブを聞きながら、友達に次々と疑問をぶつけました。

    • 実際、アサギストってどうなの?
    • 本当に変われるの?
    • 夫に相談してから入る人が多いの?
    • なんで講座を受けると、稼げるようになる人が増えるの?

    友達にどれだけ話を聞いても、不安は消えませんでした。

    中国物販に大金を払ったのに、本気になれなかった私。

    また、よく分からないものに大金を払おうとしている。

    私、馬鹿なのかな。

    夫に反対されるのも怖くて、相談できませんでした。

    でも、アサギストの中に馴染めるかどうかは、あまり考えていませんでした。

    そもそも、馴染もうとも思っていなかったんです。

    この講座を、絶対にものにしてやろう。

    私の魅力を、爆発させてやろう。

    もっと稼ぎたい。

    そんな気持ちもありました。

    夜の23時を過ぎた頃、友達が言いました。

    「私は、入った方がいいとは言わないよ。それは自分で決めることだから」

    友達と別れたあと、家へ帰る道を歩きながら、もう一度考えました。

    騙されているのかもしれない。

    それでも、

    ここで入らなかったら、絶対に後悔する。

    そう思って、帰り道で決済ボタンを押しました。

    あの時に見ていた景色は、今でも目に焼き付いています。

    申し込んだ瞬間、期待よりも不安の方が大きくて、

    やっちまった。

    という気持ちでした。

    家に帰ってからもずっとそわそわして、なかなか眠れませんでした。

    そして、講座へ申し込んだことは、夫には隠したままでした。

    今、講座が気になっているのに、怖くて仕方がない人がいたら、あなただけではありません。

    私も、申し込んだ時は、期待より不安の方がずっと大きかったです。

    本当に自分も変われる?

    私みたいなタイプでも大丈夫?

    家族には、どう話したらいい?

    一人で考えていると、どんどん不安が大きくなってしまいますよね。

    入るかどうかは、あなたが決めることです。

    でも、実際に疑って、怖がって、それでも受講した一人として、気になっていることには答えられます。

    少しでも話を聞いてみたいと思ったら、LINEから気軽にメッセージしてください。

    ③怪しいと思っていた魅力覚醒講座。入ってみたら、毎日本音を書く日々が始まった

    よしっのちびキャラ

    高いお金を払ったからには、絶対にものにしてやる。

    魅力を爆発させて、もっと稼げる私になる。

    そんな気持ちで、魅力覚醒講座の受講が始まりました。

    でも、最初にやったのは、稼ぐためのスキルを学ぶことではありませんでした。

    魅力覚醒講座では、少人数のグループに分かれて、講義を見て感じたことや、日々の出来事の中で出てきた本音を書いていきます。

    グループのメンバーも、毎日それぞれの本音を書いていました。

    人に言えなかったことも、格好悪い自分も、少しずつ出していく。

    それが、私の受講生活の始まりでした。

    17. 最初の講義で、いきなり自分の嘘を見抜かれた

    講座に入って最初の講義。

    「受講の心得」の第一箇条として画面に出てきたのが、

    魅力覚醒講座の最初の講義で示された受講の心得
    最初の講義で画面に出てきた、受講の心得。

    どんなときも自分にだけは嘘をつかず、自分を信じます

    という言葉でした。

    その説明の中で、あさぎさんが、

    みんな、めっちゃ自分に嘘ついて生きてんのよ

    と話していたんです。

    頭を殴られたような衝撃でした。

    私はそれまで、

    子どもがいるから仕方ない。
    今だって十分幸せ。
    これ以上を望むなんて贅沢。

    そうやって、自分の本音を何度もなかったことにしていました。

    本当はもっと楽しいことがしたい。
    夢中になれる仕事がしたい。
    自分の力でもっと稼ぎたい。

    ずっと感じていたのに、自分に聞こえないふりをしていたんです。

    もう、自分にだけは絶対に嘘をつかない。

    そう決めて、私はまず、ずっと我慢していた会社への本音をグループに書いてみました。

    18. 会社への本音を書いたら、休職という選択肢が見えた

    私がグループに書いたのは、ずっと我慢していた会社への不満でした。

    会社に感じていた違和感。
    もう頑張りたくないという気持ち。

    こんなことを書いたら、否定されるかもしれない。

    でも、誰も否定しませんでした。

    「分かる」と言ってくれる人。
    休職の仕方を教えてくれる人。
    転職の相談に乗ってくれる人。
    今の会社でどう過ごすかを、一緒に考えてくれる人。

    会社を辞めたあとも、楽しく過ごしている人がいました。

    私一人の状況に対して、こんなにたくさんの考え方があるんだ。

    休職してもいい。
    転職してもいい。
    今の会社で、今までとは違う過ごし方をしてもいい。

    私が知らなかっただけで、道は一つではありませんでした。

    そして、自分の気持ちに素直になったら、ある日、どうしても会議に出られない瞬間がやってきました。

    私は同僚に、今の気持ちを正直に話しました。

    そして、そのまま休職の手続きをさせてもらいました。

    ハッピーのちびキャラ
    休んでいいんだ、って初めて思えた。

    19. 初対面なのに、初めて会った気がしなかった

    たくさんのアサギストと直接会えるリアル会場。

    でも当時の私は、自分のファッションに全然自信がなくて。
    何を着ていけばいいのか分からず、グループのメンバーに相談しました。

    私は服を選ぶのが苦手。
    でも、講座には服を選ぶのが大好きな人がたくさんいました。

    グループメンバーの一人が一緒に買い物へ行き、服選びを手伝ってくれました。

    写真で着ている緑の服は、その時に選んでもらったものです。

    自分一人だったら、絶対に選ばなかったチャレンジングな服。

    今見ると、まだまだ迷走中の格好だけどw
    それでも、今までとは違う自分で人前に出てみたかったんですよね。

    そして、初めて参加したリアル会場。

    初めて参加した魅力覚醒講座のリアル会場
    初めて参加したリアル会場。緑の服も、グループの仲間に相談して選びました。

    会場に集まっている人の多さを見て、

    こんなにたくさんの人が、自分の魅力を覚醒させたいと思っているんだ。

    と、びっくりしました。

    グループの中には、その日初めて直接会ったメンバーもたくさんいました。

    でも、毎日お互いの本音を出し合っていた人たちだったから、初めて会った気がしなかったんです。

    会ったばかりなのに、いきなり深い話ができる。

    人と仲良くなるのに、一緒に過ごした時間の長さは関係ないんだ。

    そんなことを初めて感じました。

    ④本音をなかったことにしなくなったら、人生が動き出した

    20. 商品ではなく、私から教わりたいと言われる仕事ができた

    休職したあと、私はそのまま会社を辞めました。

    あんなにストレスだった会社に、もう行かなくていい。

    ほっとした気持ちと同時に、

    これから、どうやってお金を稼いでいくんだろう。

    という不安もありました。

    私は以前、自分で稼げるようになりたくて、中国物販のスクールに60万円を払いました。

    商品も出した。
    実際に売れたこともある。

    でも、全然嬉しくなかったんです。

    その商品を売るのは、私じゃなくてもいい。

    誰が売っても同じ仕組みの中で、ただ商品が動いているだけでした。

    でも、今度は違いました。

    講座の中で自分が経験したことや、これまで悩みながら乗り越えてきたことを、少人数のセッションで伝え始めました。

    そして、講座に入って迎えた次の期と並走する形で、自分版の講座も始めました。

    最初に受けてくれたのは、4人の大好きな講座生です。

    そこから、自分の講座やオンラインサロンを開くようになり、これまでメンバーになってくれた方は、50名を超えました。

    さとかから教わりたい。

    そう言って、私の活動を選んでくれる人がいます。

    中国物販では、私じゃなくてもよかった。

    でも今は、私が悩んできたことも、遠回りしてきたことも、失敗してきたことも、誰かの役に立っています。

    私と同じように、

    仕事もある。
    家族もいる。
    不幸ではない。

    それなのに、なぜか満たされない。

    そんな人に、自分の経験を伝えることで、お金をいただけるようになりました。

    私が解決してきた悩みそのものが、仕事になったんです。

    21. 諦めていたプロデューサーの夢が、大きなイベントとして戻ってきた

    学生時代に行ったROCK IN JAPAN FESTIVALで、憧れた人がいました。

    渋谷陽一さんです。

    私が憧れたのは、ステージで音楽を奏でるアーティストではありませんでした。

    そのアーティストたちを集め、あの大きなイベントを裏側から作り上げた人です。

    芸能マネージャーとして働いていた頃も、裏側で人や企画を動かす仕事が大好きでした。

    でも、仕事や子育てに追われるうちに、そんな憧れがあったことも忘れていました。

    講座に入ったばかりの頃、私は一人の受講生としてリアル会場に参加しました。

    会場に集まった人の多さに圧倒されながら、グループの仲間と写真を撮っていた私。

    それが次の20期では、リアル会場の運営に携わり、会場のZoom映像を大画面に映す係を担当しました。

    そして21期では、全国のリアル会場と、約900人が集まる東京会場の運営をまとめる統括リーダーになりました。

    さらに、パシフィコ横浜で行われた約4,000人規模の卒業式では、約200人のスタッフをまとめる統括リーダーに。

    イベント全体を裏側から動かしながら、司会として私自身もステージに立ちました。

    21期卒業式で司会としてステージに立つさとか
    約4,000人が集まった21期卒業式。運営統括を担当し、司会としてステージにも立ちました。

    学生時代の私は、ステージに立つアーティストではなく、その場所を作る人に憧れていました。

    今の私は、イベントを作る側にも、ステージに立つ側にもなっています。

    パシフィコ横浜で行われた21期卒業式のステージと会場
    パシフィコ横浜を埋めた卒業式。約200人のスタッフと一緒に作った景色です。

    そして、その経験は講座の中だけでは終わりません。

    仲間と一緒に、横浜大さん橋ホールでWOMAN NEXT FES!!を開催。

    あさぎさんのイベントではなく、私たち自身で企画し、612人を集めたイベントです。

    誰かが作った場所に参加するだけだった私が、今は、人が集まる場所を仲間と作っています。

    あの頃に憧れていた以上のことを、私は今、やっています。

    22. やりたいことを全部詰め込んだ生誕祭に、100人が集まった

    40歳の誕生日には、仲間と一緒に生誕祭ライブを開催しました。

    ただお祝いをしてもらうのではなく、

    最高に可愛い40歳のアイドルグループを作ろう。

    そう決めたんです。

    40歳の生誕祭ライブのチラシ

    でも、アイドルの格好をして歌うだけのイベントにはしたくありませんでした。

    本当に人の心を動かす、アイドルイベントを作ろうと決めました。

    私はイベント全体をプロデュースしながら、自分自身もステージに立って歌いました。

    音楽が好き。

    人が集まる場所を作るのが好き。

    企画を考えることも、仲間を巻き込むことも、裏側で全体を動かすことも好き。

    私たちがどんな想いでこのイベントを作ったのかも、ちゃんと届けたい。

    来てくれたみんなに、心から楽しんでほしい。

    このイベントには、私の好きなこと、得意なこと、やってみたかったことを全部詰め込みました。

    会場に集まってくれたのは、約100人。

    みんなが笑って、泣いて、声を出して、一緒に盛り上がってくれました。

    ステージからその光景を見た時、

    私が作ったイベントで、こんなにたくさんの人が喜んでくれている。

    約100人が集まった40歳の生誕祭ライブ

    そのことが本当に嬉しかったんです。

    高校生の頃からライブに通い、大学生の頃には好きなバンドを集めてイベントを開いていました。

    芸能マネージャーとして、ステージに立つ人を支える仕事もしました。

    そして今は、自分でイベントを作りながら、自分自身もステージに立っています。

    今まで別々に見えていた経験が、全部この場所につながっていました。

    自分の特性は、自分を満たすためだけではなく、誰かを喜ばせるためにも使える。

    私が欲しかったのは、ただ目立つことではありませんでした。

    自分の好きと得意を全部使って、そこにいる人たちと一緒に喜べる場所を作ることだったんです。

    23. 拗らせ一匹狼だった私が、しょうもない自分のまま愛されるようになった

    今では、

    「いつも人に囲まれてるよね」

    「私もそんな友達が欲しい」

    と言ってもらえるようになりました。

    昔の私は「拗らせ一匹狼」でした。

    空気を読まずに発言しては、家に帰って一人反省会。

    つい仕切りたくなる。勝手に仕切っては、うざがられているような気がする。

    人見知りはしないので、その場で話すことはできるんです。

    それなのに、関係はその場限り。

    ライブハウスへ行けば知り合いはいるけれど、待ち合わせをして一緒に行く人はいませんでした。

    友達が結婚しても、友人代表の挨拶に選ばれるのは私ではない。

    3人組になると、なぜかぼっちになる。

    学生時代もクラスで浮いていて、休み時間は机に突っ伏すか、本を読んでいました。

    本当は寂しいのに、

    私の良さを分かってくれない周りが悪い。

    そうやって周りを敵にして、自分を守っていたんです。

    講座に入ってからも、人間関係の不器用さはすぐには変わりませんでした。

    Zoom会やリアルの集まりに参加するたび、

    「今日、言いすぎちゃったな」

    「また勝手に仕切っちゃったな」

    と、脳内反省会をしていました。

    ただ一つ、それまでと違ったのは、その反省を自分の中だけで終わらせず、講座内で出したことでした。

    すると、

    「仕切ってくれてありがとう」

    「言ってくれてありがとう」

    というコメントがついたんです。

    全員が仕切りたいわけではない。

    全員が、自分から発言したいわけでもない。

    私が短所だと思っていた部分を、必要としてくれる人もいるんだ。

    それは、私にとって大きな衝撃でした。

    偉そうに見せたい自分。

    すごいと思われたい自分。

    拗ねやすくて、わがままで、好き嫌いが激しい自分。

    そんなしょうもない自分を、少しずつ認めていきました。

    私が短所だと思っていた部分は、見方を変えると、

    人を集めること。

    全体を見て、場を動かすこと。

    みんなが楽しめる場所を作ること。

    そんな私の強みに変わっていきました。

    私は、別人になったわけではありません。

    今でも、拗ねるし、わがままだし、好き嫌いも激しいです。

    でも、完璧ではない自分も、強くない自分も隠さなくなりました。

    しょうもない自分を堂々と出したら、「そんなしょうもないあなただからいい」と言ってくれる人たちに囲まれるようになったんです。

    本音で笑い合える友人との写真

    24. 家族のために我慢するのをやめたら、家族がチームになった

    以前の私は、子どものことも家のことも、自分がなんとかしなければいけないと思っていました。

    自由に仕事をする夫を見ては羨ましいのに、その気持ちも言えませんでした。

    今は、夫が稼いでも、私が稼いでも、家族のお金は同じだと思えるようになりました。

    夫の仕事を手伝うこともあれば、私の事業について相談に乗ってもらうこともあります。

    子どもたちにも、我慢して合わせるのではなく、私の気持ちを伝えています。

    私だけが家族のために我慢する関係ではなく、みんなで話しながら進む家族になりました。

    ⑤受講生から、あさぎさんの近くで講座を支える側へ

    25. 苦手だと思っていたあさぎさんと、一緒に場所を作る側になった

    この記事の最初にも書いた通り、初めてYouTubeで見たあさぎさんは、派手でキツそうで、私が苦手だと思うタイプでした。

    東京講演会のチケットを譲ってもらえると言われても、怖くて断ったくらいです。

    それなのに、魅力覚醒講座19期に入った後、私は自分でVIP席を買い、前日から大阪に泊まって講演会へ行きました。

    夫がいない日だったので、義母に夕食と子どもたちの夜の世話をお願いして、あさぎさんに会いに行ったんです。

    大阪講演会で小田桐あさぎさんと撮ったツーショット
    東京講演会を断った私が、19期に入った後、自分でVIP席を取って大阪講演会へ。

    講座に入ったからには、アサギストともあさぎさんとも積極的に関わると決めました。

    アジアで行われたイベントのコアメンバー、20期のリアル会場や卒業式の運営と、少しずつ関わる場所が広がっていきました。

    現役生が運営に関わることは基本的にないのですが、私は特別に関わらせてもらうことになったんです。

    アジア覚醒ツアーでイベントのコアメンバーと撮った集合写真
    アジア覚醒ツアーでは、イベントを作るコアメンバーとして参加しました。

    そして20期の卒業式後、あさぎさんから、次の21期の統括を「2人にお願いね」と任せてもらいました。

    小田桐あさぎさんから21期の統括を任された瞬間
    20期卒業式の後、「21期は2人にお願いね」と統括を任せてもらった瞬間。

    最初は、自分の人生をどうにかしたくて飛び込んだだけの、一人の受講生でした。

    まさか自分が、あさぎさんの講座やイベントを、一緒に形にする側になるとは思っていませんでした。

    そして本番に向けて、あさぎさんと一緒にパシフィコ横浜へ下見にも行きました。

    小田桐あさぎさんとパシフィコ横浜を下見した時の写真
    卒業式本番に向けて、あさぎさんとパシフィコ横浜を下見。

    21期の卒業式に向けて、アマン東京で打ち合わせをしました。

    アマン東京で行った21期卒業式の打ち合わせ
    アマン東京で行った、21期卒業式の打ち合わせ。

    近くで関わる中で何度も感じたのは、講座で話していることを、あさぎさん自身が本当に体現しているということ。

    どうやって運営していこうか相談している時に、

    「いい、リーダーは何もしちゃいけないの。みんなに任せるのよ」

    と、直接言われたりもしました。

    最初は、そんなことをして本当に回るの?と半信半疑でした。

    でも、握りしめるのをやめたことで、それぞれの得意なことが発揮され、私一人では作れなかった大きな場所が形になっていきました。

    運営をすることで、ただ講座を見ただけではないリアルな体験をしました。

    受講前の疑い、怖いまま申し込む気持ち、講座の中で何度も拗らせ、あさぎさんの近くで講座を支えた経験。

    色々な感情を味わってきました。

    だから、これから受講を考える人の不安も、入った後につまずく気持ちも、きれいごとではなく伝えられると思っています。

    ⑥もし「不幸じゃないのに苦しい」と感じているなら

    26. 楽なはずなのに楽しくなかった私が、夢中になれる毎日を取り戻した

    今思うと、魅力覚醒講座を受ける前は、働きやすさを追いかけながら、夢中になれる自分を見失っていました。

    • 楽しかった芸能マネージャーの仕事では、ある日ぷつんと糸が切れ
    • 普通の会社へ転職し、結婚して母になったら、やりたい仕事と収入も諦め
    • フルリモートで最強だと思った仕事でも、満たされませんでした。
    • 物販、ブログ、Instagram、音声配信にも挑戦したけれど、どれも続かない。

    楽しそうに副業をしている夫に嫉妬しながら、

    所詮、私はこの程度。

    そうやって、自分を諦めていました。

    そんな私が、派手でキツそうで苦手だと思っていたあさぎさんの講座に、怖いまま飛び込みました。

    そこから、

    • 会社を休職し、自分の仕事を始めた
    • 私から教わりたいと言ってくれる人が現れた
    • 講座やオンラインサロンに参加してくれた人が50名を超えた
    • 約900人が集まるリアル会場の運営をまとめた
    • 約4,000人規模の卒業式で、約200人のスタッフをまとめながら司会としてステージに立った
    • 仲間と企画したイベントに612人が集まった
    • やりたいことを全部詰め込んだ生誕祭ライブに、約100人が来てくれた
    • 拗らせ一匹狼だった私に、一緒に笑い、頼り合える仲間ができた
    • 家族のために我慢するのをやめ、家族とチームになれた
    WOMAN NEXT FES!! 2026の集合写真
    仲間と企画したWOMAN NEXT FES!! 2026。横浜大さん橋ホールに612人が集まりました。

    こんなふうに、仕事も、人間関係も、家族との関わり方も変わっていきました。

    サロンメンバーが開いてくれた誕生日のサプライズパーティ
    誕生日に、サロンメンバーが開いてくれたサプライズパーティ。

    私は、ちゃんとした人になったわけではありません。

    今でも拗ねるし、わがままだし、飽きっぽい。

    でも、そんな自分を隠すことをやめたら、私の好きなことも、得意なことも、これまでの経験も、誰かを喜ばせるために使えるようになりました。

    ライブハウスで歌ったイベントのフィナーレ
    ライブハウスで歌ったイベントのフィナーレ。音楽を楽しむ側だった私が、届ける側にもなりました。

    私が欲しかったのは、ただ楽な生活ではありませんでした。

    自分の好きと得意を全部使って、夢中になりながら、周りの人と一緒に喜べる人生だったんです。

    27. 誰と関わるかで、講座で見える景色は変わる

    私も、2026年10月から始まる魅力覚醒講座24期を、もう一度受講する予定です。

    魅力覚醒講座は、動画を見て知識を覚えるだけの講座ではありません。

    誰と関わるか。

    誰に本音を話すか。

    誰と一緒に挑戦するか。

    その環境が、とても大切だと私は感じています。

    私は19期の受講生として講座に入りました。

    その後、20期のリアル会場や卒業式の運営に関わり、21期では全国のリアル会場と、約900人が集まる東京会場の統括を担当しました。

    受講生として悩んだ経験も、講座の中で拗らせた経験も、たくさんの受講生と関わった経験も、あさぎさんの近くで講座を支えた経験もあります。

    だから、

    • 講座が気になるけれど、まだ怪しいと思っている
    • 高額な講座に入って本当に大丈夫なのか不安
    • 人が多い場所で埋もれてしまいそう
    • 入った後、何をすればいいのか分からなくなりそう
    • 自分みたいな人が馴染めるのか心配

    そんな気持ちも、よく分かります。

    入るかどうかは、あなたが決めることです。

    無理に背中を押したいわけではありません。

    でも、もしこの記事を読んで、

    さとかと一緒に24期を受けてみたい。

    そう思ってくれたら、紹介者欄にこちらを入力してください。

    紹介者名

    さとか

    紹介者コード

    l7cfcpZl

    コピーして使ってくださいね

    直接会ったことがなくても、もちろん大丈夫です❤️❤️

    この記事を読んで何か感じてくれた時点で、もう私とつながるきっかけはできています。

    講座について聞きたいことや、不安に思っていることがあれば、LINEから声をかけてください。

    一人で悩んでいた頃の私に話すつもりで、きれいごとではなくお答えします。

    講座について聞きたいことや、不安なことがあれば
    LINEから気軽に声をかけてくださいね。

    ありがとうのちびキャラ

    長い記事を、最後まで読んでくれて本当にありがとうございました。
    講座のことで迷っていること、聞いてみたいことがあれば、LINEで気軽にメッセージしてくださいね。

    この記事には、これから写真や当時のエピソードも少しずつ追記していく予定です。思い出したことや、今だから書けることも含めて、育てていきますね。

    よかったらシェアしてね!
    • URLをコピーしました!
    • URLをコピーしました!

    この記事を書いた人

    はじめまして、さとかです。

    芸能マネージャーや人材業界で働き、4回の転職を経験しました。

    子育てと両立できる働きやすさを手に入れたのに、なぜか毎日が楽しくない。

    そんな状態から魅力覚醒講座19期に入り、自分の好きと得意を使って、人が集まり、喜んでくれる場所を作るようになりました。

    魅力覚醒講座では、約900人が集まるリアル会場や、約4,000人規模の卒業式の運営を統括。

    仲間と開催したWOMAN NEXT FES!!には、612人が来場しました。

    このブログでは、仕事や自分らしい生き方について、実体験をもとに発信しています。

    目次